人生には、物語が流れている
- 7月18日
- 読了時間: 6分

人生は物語。
ありきたりの表現かもしれませんが、これは真実だと感じています。
これまで多くの方のお話を聞いてきて、人の人生は、その方の個性が反映された物語なのだなぁと、しみじみと思うのです。
たとえばこんな物語があります。(守秘義務を考慮して内容の細部を変えています。)
東京で働いていた女性が、地方で職人業をされている方と出会い結婚。彼の住む土地へ引っ越しをし、慣れない環境でのさまざまなチャレンジや葛藤を経験します。
そんな中で、東京生活では感じられなかった地方都市の良さを知ったり、子育てをしながら出会う人々やご近所付き合いでの交流を通して新たな暮らしを築いていきます。
職人気質なご主人との夫婦関係でも、お互いを深く知っていく上でさまざまな経験をしながら、少しずつ家族になっていきます。やがて子育てが少し落ち着いてきた頃、以前の専門職のスキルを活かして、フリーランスでの仕事を再開しました。
忙しいながらも、やっと自分らしい生活が出来ているなと感じていた、或る日。友人を介して偶然、昔の恋人の現在の様子を知ることになります。
すると突然、閉じたと思っていた過去への扉が開きます。振り回されながらも一途に恋愛していた当時の自分の記憶や、彼に裏切られたことで深く傷ついた、未消化な感情が生々しく蘇ってきたのです。
それがきっかけになったのか、彼のこと以外でも封印していたさまざまな思いが蘇ってきました。結婚によって手放した東京での便利で刺激的な暮らし、離れたことで距離ができてしまった友人関係、独身時代の自分の夢や希望などの、過去のさまざまなことが毎日思い出されるのです。
それはまるで、閉じてしまったはずの「過去という時空」への扉が、心の中で突然大きく開いてしまったかのようでした。日常の中で、過去と現在のさまざまな思いが交差して、彼女は混乱しています。
いかがでしょうか。
これだけでも、ドラマや小説のプロットのような感じがしませんか?
もう一つ、たとえばこんなケースもあります。
その人は、子供の頃から、国際機関で働くことを夢見ていました。人道主義を掲げたとある国際機関に就職するため、大学時代から様々な努力をしてきました。でも大変狭き門であるその機関への就職は、2度応募しても最終面接まで辿り着くことはありませんでした。
経験値を上げるために、類似の機関でのインターンシップやボランティアで経験を積みながら、自分の専門性を高めて再挑戦しようと準備していました。そんな時、あることがきっかけで大手の商社に就職できる機会が訪れます。年齢のプレッシャーや、このまま夢を追いかけることの不確実性に不安を感じ始めていたこと、そして国際的な企業であるその会社への希望を感じて、就職を決意します。
就職後は理想的な職場環境に恵まれただけでなく、数年後には希望していた海外駐在にもなりました。幅広い仕事内容に知的好奇心は満たされているものの、夢見ていた国際機関と現在の企業では、事業の取り組みや視点が明らかに違います。そこに葛藤を感じながらも、やりがいに目を向けて頑張っていました。
そんなある日、昔一緒に夢を追いかけていた友人が、夢を達成して活躍している現在の様子を、思いがけず知ることになります。
あのまま、自分も挑戦し続けていたら今頃どうなっていたのだろう。
そんなことをふと思わずにいられません。モヤモヤした気持ちを抱えている中で、今度は国際恋愛であるパートナーとの関係も岐路が訪れ、真面目な性格も相まって、次第にバーンアウトのような症状を感じ始めました。
ではさらにもう一つ。
その方は両親からの愛情を感じたことがなく、子供の頃から早く自立して家族から離れたいと願っていました。
就職に優位で安定が約束されている業種に就くため、専門学校に通い資格をとって就職をします。
仕事の忙しさに追われて、あっという間に中年期を迎えました。独り身の気楽さを満喫しながら独身を通してきたことに、いっさいの後悔はありません。そんな中で、数年前から老後のことを真剣に考え始めました。
これまで、彼女は仕事に愛着や誇りを感じたことがありません。仕事がきちんとできる人でありたいという気持ちを持っていますが、かといってとくに楽しいと感じたことはなく、辞めれるのなら辞めたいとも思っています。早期リタイアをして、第2の人生は自分が好きなことを仕事にして生きていきたいと考えるようになりました。
思案しているうちに、日本の伝統文化を教える先生になりたいという願望に気がつきます。行動派の彼女はすぐにいくつかのお稽古ごとを試して、これならいけそうだというものを見定めました。数年後、伝統が色濃く残る街に引っ越しをして、現在の仕事を続けながらお稽古に励む日々を過ごしはじめました。
新しい街での暮らしにも慣れてきたある時、ある先生に、「あなたの芸術には、心が現れていないなぁ。」という言葉をかけられます。
その言葉をきっかけに、自分の気持ちが曇ってくるのを感じました。まず、先生の言葉の意味が分からなかったのです。心を現すというのは、どういうことなのだろう?
考えていくうちに、自分はずっと心を閉じて生きてきたのではと、思うようになります。泣いたり笑ったり、感情を表すことに強い抵抗感がある自分に、気がついたのです。
物語に気がつくこと
これまでご紹介した、3つの例。どれも一冊の小説になってもおかしくない人生ではないでしょうか。
こういった物語のプロットのような人生は、実は誰もが生きている人生です。でも多くの場合、本人は自分の人生に物語性を感じたりなどしていません。
実際にはどちらかというと、その人の意識は不安や混乱に向いています。ですから、自分が物語の主人公であるという事実には、気がつけていないのです。
ライフコーチングやカウンセリング、そしてセラピー的な体験の役割は、こういった人生の歩みを、メタ視点で眺める場を提供することにあると思います。
主観的に見つめて、語られることが多い個人の人生。そこに第三者との対話の時間が関わることで、少し距離を置いて人生を眺める視点が育っていきます。まるで自我が人生を外から眺めるように、自分の物語を語ることができるようになっていきます。さらには自分の視点が変わることで、それまで見えていなかった「物語の流れ」が浮かび上がってくるのです。
私は心のワークをすることは、「創造的な活動」なのだと思っています。ライフコーチングやヒプノセラピーのセッションではとくに、癒しや統合、目標に向けてのワーク、心と意識の整理整頓、などを目的に進められていくことが多いですが、でもその基盤にあるのは「創造性」です。
未消化の感情や夢、不安といった、まだ形を持たないものに言葉やイメージを与えること。それは、目には見えない心の営みに輪郭を与え、人生の物語を少しずつ紡いでいく創造的な営みなのだと思います。
人生には物語が流れている。もしかすると、あなたが今抱えている葛藤も、物語の途中だからこそ感じていることなのかもしれません。
不安やモヤモヤを超えて、次にどんなことが展開するのかを楽しみに待てる自分になれたとしたら・・・。人生という物語がまた新たな一章へと、進んでいくのではないでしょうか。



