時間泥棒に気をつける



私事ながら、今月は自分のお誕生月です。両親がこの世に自分のことを迎えて入れてくれた特別な月なので、この時期は毎年、「自分の在り方」を考えるための時間を取るようにしています。





新年と自分のお誕生日、どんなことをしていますか?

一年の始まりである新年と自分のお誕生日。もちろんどちらも重要な日ですが、心を整えるために、個人的にはこんなことをしています。

まず、新年には、「この一年のテーマ」をいくつか考えて、それに基づいてやりたいことを書き出しています。たとえば、「新しいことへの挑戦」であったり、または「去年はじめたことをじっくりと育ててゆく」とか、「マイペースを大切に過ごす」「勉学に勤しむ」「心を癒す」「クリエイティブ力を高める」「身近な人と過ごす時間の質を上げる」「コンフォートゾーンを積極的に出ること」などなど、大まかに、でも自分の心に響くことをテーマにします。


日々の生活の中では、予定を立てて目標を掲げても、何かと計画通りにいかないことも多いわけですが、「その年のテーマ」があることで、迷ったり予定変更を余儀なくされた時でも、自分のテーマを軸に立て直していくことができるので、ブレが少なくなります。一年の終わりには、「今年はこのテーマをまっとうしたな」と思えるように、テーマは心に響くことを慎重に選んでいます。

一方で、お誕生日の節目に考えることは、「これからどんな自分になっていきたいか」というような、「自分の在り方」について考えることです。

また一つ歳をとった。そうは言っても、現在進行形で考える自分の人生において、今日という日は、常にいちばん若い日。仮に、また生まれ変わってまたこの地球に来ることがあったとしても、今回の、この構成やスペック(この民族としてこのタイミングで、この性で、この家族構成で、この場所で、この才能で)として過ごす人生はこの一度きりです。



人生はいろいろことが起きるしアップダウンもありますが、仕事も人間関係も趣味もパッションもあらゆる社会活動も、結局はきっと「自分自身を感じる」ための手段にすぎなくて、生きてることを味わう術なのだと思います。でもそのことを忘れてしまうと、妙なドラマに巻き込まれたり、本来の自分からかけ離れた生き方になるなど、訳がわからない方向に行ってしまうこともあるから、気をつけないといけません。



お誕生日には、「自分らしさを忘れていないか?」とか、「好きなことを楽しめているか?」「大切なことは何か?」などの質問を自分に投げかけてジャーナリングし、そして「感謝していることは?」「こうなりたい自分像は?」など、思い思いに書き綴っています。



時間どろぼうに気をつけて

少し前のことになりますが、セラピスト仲間の友人たちと、こんな質問を投げかけ合って、お互いの望みについてや、深い部分から自分の在り方や日々の過ごし方を考えるワークショップをしました。その質問は、「これが自分の最後の一年だとしたら、どう過ごしたいですか?」というもの。軽い気持ちで考えてみるだけでも十分に重みのあるこの質問ですが、心のケアのプロフェッショナルであるセラピスト仲間たちがお互いの成長のために行うワークショップに「軽さ」というものはありませんので(笑)、二週間かけてじっくりとワークする、リトリート的な体験となりました。

「あと一年しかない!」と思うのか、「まだ一年もあるのかぁ。。。」と思うかは、人によってその時の状況で変わるかと思いますが、自分としては、あと一年しかないと考えたらかなーり焦ります。普段から人生をフルに生きていない証拠だと言われてしまいそうですが(汗)、行きたい場所や体験してみたいことなど数々のバケットリストがあるのです。


でも、限られた時間だからあれもこれもできないし、大事なことを絞って集中してやらなければならない。そう考え始めると、これまで作ってきたバケットリストの中から、最も重要なことを選び出さねばなりませんでした。


そして、とりあえず選び出したのは3つのこと。その3つについて目を閉じて考えて、この3つさえ取り組めて「やり切った!」と思えれば、最期の時にもう後悔はないかと、自分に問いかけてみます。


これだけはとりあえずやっておかないと(たとえ上手くいかなくても、とりあえずチャレンジでもしておかないと)後悔してしまいそう。そう思える事柄って、実はとても少ないのです。何日間かかけてじっくりと考えて、答えがイエスになるまで3つを選び抜きます。私の場合は、最終的には2つになりました。



答えがイエスに定まったら、時間はありません。限られた時間を大切に使って、やりたいことに取り組みます。これまで時間泥棒になっていた悪しき習慣は、キッパリと断捨離しなければなりません。時間泥棒とは、大まかに捉えると「嫌な気持ちを呼び込むことのために費やす時間」です。



自分にとっての時間泥棒の一つは、たとえば悩んだりクヨクヨ考える時間でした。悩んだりクヨクヨすることも時には必要ですが、度を越すとかなりの時間泥棒です。ある程度まで悩んだらもうキッパリ手放すか、なんらかの行動に移す、という手段を取ることにしました。いつまでも同じことに悩んでいるのって時間の使い方が下手な気がします。とりあえず行動して結論を導く方がいいと割り切って考えることで、「大きなプロセスを信じる」ことなのだと感じました。思考には限界がありますから。


あと一年しかなかったら。

時間には限りがあります。この体験にも、この身体にも、この仲間にも、この地球で過ごす時間にも。できる限り悔いのないものにするために、あなたならどんなことを思い、行動しますか?時間泥棒から自分の貴重な時間を奪われないように、どんなことを断捨離しますか?


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