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複雑な心 その2(親との関係編)



前回のトピックに引き続き、二つの相反する思い、親との関係編です。


人が抱える最も大きな心のトラウマは、育った環境、つまり自分を育てた人(主に両親)との関係に関連しているものが多くあります。たとえ素晴らしい人々に育てられ総合的に恵まれた環境に育ったと自負していても、親との関係で起きた出来事で、どこかに引っ掛かりや納得できない思いが残っているということもあるかと思います。



無防備でまっさらな状態で生まれた私たちは、自分を育ててくれる年上の人間に最も多くの注意を向けて子供時代を過ごします。シビアな言い方をすると、自分の生き物としてのサバイバルに影響してくるわけですから、仕方がないし当然のことです。親の世界観によって構成された日常の中で、人生の最初の十数年を過ごしながら、良いこともあればそうでないことも含めて、私たちは物事の判断基準や価値観を無防備に吸収していきます。一度吸収したそういった世界観は、たとえ親元を離れたからといって、すぐに消えてなくなることはありません。子供にとって、親はずっと親なのですから、良くも悪くも親から与えられた世界観は人生を通して私たちに影響を与え続けていきます。


とはいっても、親の人生観や価値観の全てが私たちに合うはずはなく、ある地点でズレが生じてきます。「時代」という時間が作り出す文化的・社会的な価値観の変化に伴う場合もありますし、教育を受けたり社会で関わる人や新しい環境との出会いによって、自分なりの視野や世界観が出来上がってくるせいでもあります。そうやって、自分なりの新しい世界観が確立していく一方で、ときには古い価値観が思考に入り込んできて混乱することもあります。これがなかなか複雑です。なぜなら無意識レベルでやってくるので、非常にとらえづらい現象なのです。



たとえば、それは「こうあるべき」という、無意識レベルでの期待として反映されるかもしれません。自分に対して、そして他人の振る舞いに対してこれが当たり前とか、これが普通のはず、というような感じで表れて、わたしたちを苦しめます。夫婦やパートナーとの関係に関連していることかもしれないし、働き方に関することかもしれないし、お金との付き合い方に関することかもしれません。または、幸せの測り方であったり、社会的なサクセスの基準に関する場合もあります。



冷静になって考えてみると、すべてが全くもって大丈夫なはずなのに、なぜか突如不安になったり、現状を悲観したり、自信を失ってしまうことがあるかもしれません。内側からやってくるノイズのせいで、訳もなく落ち込んだり自分に対して批判的になったり。そのノイズの中には、ほぼ必ずといっていいほど、子供の頃に植え付けられた古い価値観や世界観の「影」があります。



私たちには誰しも、過去を癒すべき時がやってきます。今よりもっと前に進むために、人生の前半に植え付けられた価値観や世界観の中で、もう自分に必要がなくなった部分を手放す作業です。言い換えると、「新しい自分と古い自分を統合させる重要な作業」です。でも残念なことに、その作業に対して後ろ向きになってしまう人が多いのも事実。そこには複雑な思いがあるなのですが、玉ねぎの皮を一枚一枚剥くようにしてさぐってみると、親が自分にしてくれたことを批判するような気がして罪悪感を感じる、という気持ちに気がづくことがあります。心のトラウマを癒したいけれど、一方で親に対して批判的な思いを抱きたくない気持ちが入り混じり、「二つの相反する思い」のせいで立ち往生してしまうことはけして珍しくありません。



私たちはみな、「親」という役割を担ってくれた不完全で未完成な人間に育てられた、無防備な子供です。育つ家庭で経験したことは、たとえ自分が大人になり、今度は自分が親という役割を担うことになったとしても、消えてなくなってしまうことはありません。子供にとって親は永遠に親であり続けますから、子供としての自分が、育ててくれた親に対してときには複雑な思いを抱いてしまうのは当然のこと。でも、複雑でいいのです。相反するいろんな思いが入り混じっていて当然なのです。それが当たり前であることに気がついて、自分を責めないこと 。自分を恥じないこと。親のことを、不完全で未完成な一人の人間なのだと認めた上で、感謝をしながら、自分もまた不完全で未完成の人間としてこれからもっと成長していくのだと決心して、過去を癒して現在の自分と統合させること。統合の作業が進むと、さらに大きく深い感謝の気持ちを親に対しても向けることができますし、その際には、以前に抱えていた罪悪感が心を曇らせる、ということはほぼなくなっていきます。


癒しの作業は早ければ早いほどいいと思います。なぜなら、癒しは一瞬では起きないから。時間をかけて、いろんな癒しのモダリティを使って多くの経験を重ねて、ゆっくりと統合していくのが健全で確実な方法だと感じています。



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