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人生の終わりに、”よく生きた”と思えるには?

  • 執筆者の写真: Sakura Nimura
    Sakura Nimura
  • 5 日前
  • 読了時間: 7分

更新日:4 日前



今日は久しぶりに、少し深いテーマをお届けします。

日常の中ではあまり語られることのない、けれど誰もが一度は思いを巡らせるような問いについて。


まず、ちょっと前置きをさせてください。


わたしはコーチングセッションの傍ら、トランスパーソナルヒプノセラピーの「中間世セラピー」というものを行っています。


このセラピーにいらっしゃる方の多くは、「今回の人生の意味や目的」を知りたいという願望を持っていらっしゃいます。


深いトランス状態で行われるこのヒプノセラピーでは、顕在意識を緩やかにし、潜在意識によりアクセスしやすい状態で、人生の意味であったり、ソウルメイトのことなど、さまざまなディープなテーマを問うセッションです。


もともとのこのセラピーを提唱したのは、心理カウンセラーのマイケル・ニュートン博士。彼の性格や仕事ぶりがとても細かくて生真面目だったこともあり、彼の著書もそのような内容になっていて、ふわっとした感じがありません。そのため、彼の著書に共鳴する人々の多くは、比較的カチッとした職業についていらっしゃる方だったり、論理的なことを重視しつつも、スピリチュアルなことを散策してみたい、という方が多いのです。


そういった理由もあり、ほとんどの方々は普段は論理脳がかなり強く働いている人々。ヒプノセラピーを通しても、深いトランス状態にすぐ入れるとは限りません。ですから、セラピストとしては長い時間をかけて、じっくりと向き合うべき比較的タフなセッションとなります。


ただし、そういった生真面目な方々の論理脳の警戒がほとけて、緩やかで深いトランス状態へとたどり着いたらー。そこには、それはそれは興味深いストーリーが広がっていきます。ご本人にとってだけでなく、セラピストであるわたしにとっても学びの多い、美しくて宇宙的な、深くて濃い体験となります。


そういった理由で、やりがいはあるけれども、精神力と体力をかなり使うのが中間世セラピーです。



人生の意味や目的を考えはじめるとき


人生の意味や目的を問うことが多いこのセラピー。


「自分の人生には、一体どう意味があるのだろう?」という問いに始まり、「何か成し遂げなければならないことがあるはずだ」という、使命感のようなものを感じていらっしゃる方から、セッションのお申込みをいただくことがあります。


また、「何かを成し遂げなければならないのに、それをまだやっていないような気がする。それが何だか分からないので知りたい」という思いを抱えている方も、いらっしゃいます。


中には、人生の後半、または終盤に差し掛かり、「もし、何かやるべきことでやり残したことがあるのであれば知りたい」という思いを持っていらっしゃる方もいます。


また、大事な方を亡くされたことをきっかけに、人生の意味や、魂の存在についていろんな問いが湧いてきた、という方もいらっしゃいます。


普段の生活で、こういったテーマが会話のトピックになることは少ない現在の世の中。でも実は、とても本質的で重要なこと。


こういったことを考える体験自体が、十分に「意識の目覚め」ですよね。


きっと、考え始める前と、考えだした後では、人生に対する向き合い方が、少し違ってきているのではないでしょうか。



今ここにある、生き方の質感


そんな問いや思いを持った方々に多く出会い、職業も出身地も育ちも年齢も、そして人種も異なる、さまざまな方々にセッションをさせていただきながら、自分なりに少しだけはっきりしてきたことがあります。


それは、人生の意味や目的というのは、達成しなければならない何か、ではなくて、その人の「在り方」そのものだということです。


生真面目で、目標達成型思考で育ってきた人はとくに、人生の中でいろんなことを達成しなければ、と考える傾向があります。または、何かすべきなのに、何も達成できていない気がする、という焦りを持ってしまう傾向もあるようです。

でも、セッションを通して感じるのは、責任感も焦りも、全ては自由意志のもと、本人が選んでいることだということです。魂レベルでは、何かを成し遂げるというよりは、その人の在り方が重視されていて、その在り方をベースに、魂の成長が問われている、という理解にたどり着きます。


なぜなら、セッションを通して多くのクライアントが受け取るメッセージとしては、「もっと心を開いて生きること」「自分らしさを大切にすること」「自分や他人を許すこと」「要らない思いを手放すこと」「遊び心を持つこと」などといった、在り方に注目したものばかりなのです。




在り方と目標の関係


在り方とは、未来に向かっていく意識というよりも、今のこの瞬間につながっている意識です。目標があると、つい未来のために現在があると考えてしまいがちですが、在り方を重視すると、「今この瞬間が全て。今この瞬間の中に、未来がある」という感じになります。なぜなら、未来を作るのは結局、現在の在り方だから。


人生が投げかけてくるさまざまな変化球を、その瞬間瞬間にどう打ち返すのか。


打つその瞬間が一番大事なので、打ち方を意識して実践することに意味がある、といったような感じです。


そういった意味で、人生の中の目標というのは、在り方を体験するために、定めている、といえるかもしれません。


その人の個性にあった目標を定めることで、在り方の体験がより面白く意味深くなる、という感じでしょうか。目標を定めると、その過程でいろんなことを体験しますから、在り方を試したり磨いたりするのにもとっても便利なのです。


在り方を体験するために、わたしたちはいろんな人に出会って、いろんな状況を体験をしています。


だから、人生の中で、目標が在り方よりも重要になることは起きません。つまり、目標は変わってもいいし、足したり引いたりしてもいい。なぜなら、在り方はいつも、どんな目標や状況の中にも見出すことができるから。



どう在るか、を育てる、静かな習慣


そこで思うのは、どうやったらもっと在り方を意識できるのかな?ということです。


実は、これは日本人にはけっして苦手なことではありません。私たち日本人は、道徳観が教育の一環として備わっていることもあり、子供の時から在り方を意識する視線をもった民族です。神道や仏教的な教えが、生活に自然に浸透しているからかもしれません。


ただ、成長の過程で、そういったことに意識が向かないほど忙しくなってしまい、在り方を意識することを忘れる、ということは起きやすいようです。


たくさんのことを達成している人ほど、空虚感を感じやすくなるのはそのせいかもしれません。忙しさの中で自分の在り方に繋がりにくくなり、モヤモヤしたり「何かが欠けている」と感じやすくなるようです。


在り方を意識するおすすめの、もっとも手軽でシンプルな方法は、毎日、目覚めたときに、「今日の自分はどうありたいか」を自分自身に問いかけてみることです。


答えは、毎日同じでもいいし、変わってもいい。


シンプルでもいいし、いくつもの在り方を重ねてもいいです。


とにかく、毎日、自分に問いかけてみること。


そういったことを繰り返すうちに、意識の中に在り方の比重が広がっていきます。



最期にこう思えたら・・・


自分の在り方をしっかりと考えて、実践してきた。


そう思える人生の最期だったら、それは「よく生きた人生」なのではないでしょうか。


素晴らしいとと讃えられる人たちと自分を比較するのではなくて、自分が自分にOKだと思えるような在り方を見出した人生なら、なおさらです。


自分の個性、つまり、興味があることや好きなこと、ワクワクすることを実践して、その中で自分の在り方を意識しながら瞬間瞬間を生きること。


それをできる限りやっているとき、私たちは自然に世の中に貢献していて、自然と世の中の循環機能の一部になっているのではないでしょうか。


自分らしい在り方を生きた人生は、その人だけの美しい物語。

自分の在り方を問いて、試して、磨いて・・・。


いつか人生の終わりに、「よく生きた」と静かに頷けるように。

今日を、自分らしい在り方で、味わうように生きてみませんか?



とまあ、今日はとても長くて哲学的なお話でした。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。



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