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人生の意味を紡ぎ直す

11 時間前
読了時間: 6分


私たちは、意味を求める生き物です。


人間には、意味を考えることで物事を解釈する性質が備わっています。たとえば、子供の成長プロセスを考えてみると、分かりやすいかもしれません。


生まれた直後は、生存に必要な要求を主に泣いて伝えます。続いてイヤイヤ期を迎え、自分の好き嫌いや自立精神が少しずつ育っていきます。その直後にやってくる「なんで?」「どうして?」のナゼナゼ期。何に関してもその理由を尋ねて、ときに大人を困らせるこの時期は、意味を求め始めた証です。


まずは生きるための生存本能、そして自己を作っていくイヤイヤ期、その直後に意味や理由を求めるナゼナゼ期がやってくるという流れを見ると、意味を求めることが人間にとっていかに根源的なことなのかが分かります。


「夜と霧」の著者であり、著名な精神科医、ヴィクトール・フランクル。彼は、人間が生きる最大の原動力は「意味を見出したい」欲求であると定義しました。フランクルはナチス強制収容所での過酷な日々を経験した結果、人はどんな状況でも意味を見出すことで絶望を乗り越えられる、と唱えました。


日本人の文化では、「生きがい」がこれに近いものかもしれません。生きがいは、日々の生活に張り合いや喜びをもたらすものとして、日本人の在り方に影響を与えています。現在では「Ikigai」とローマ字になって海外へ輸出され、人生の指針の一つとして知られるようになりました。でも、生きることに意味を見出すこと自体は日本人独特のものではなく、国を超えた普遍の、生きることに意味を見出したい人間の本質的な気質です。


心理学者ユングは、人生を午前と午後という二つのフェーズに分けて解説しました。人生の午前では、人の意識はより外側に向かい、社会に適応すること、認められること、達成や成功などに力を入れる傾向があります。一方で人生の午後には、それまで外に向かっていた意識が内側へとシフトします。「自分はどう生きていきたいのか」という問いを始めたり、自分らしさを大切にしたいと感じたり、またはレガシーを意識して社会にどう貢献できるかを考え始めることもあります。



自由という圧力


フランスの哲学者、ジャン=ポール・サルトルは実存主義者として有名です。彼は、「人は本来、完全なる自由を持って生まれる」と説きました。たとえば、ペーパーナイフは紙や封筒を切る、という目的を持って誕生しますが、人間は逆で、「まず生まれそこに存在してから、自分で何者かを決める」のだと主張したのです。彼の考えでは、人にはあらかじめ決められた本質(目的や人間性)などは存在せず、人はまずこの世に実在して、そこから自分の選択や行動によって自分自身を形作っていく、ということになります。


実存主義の明るい側面は、人は自分の在り方を自分で決めていけるという見解です。つまり、自分の目標や未来像を自由に思い描くことができる、ということです。人は誰しも、日々の決断と行動によって、自分の目標や未来像を実現に向かわせることができる。そういう自由を人は本来持っている、ということです。


一方で、サルトルは「人は自由という刑に処されているようなものだ」とも説いています。その意味は、あらかじめ決められていないがゆえに、人は常に決断・行動し続けなければならない。そして、自由から逃れることができないがゆえに、自分の決断や行動の責任を、自分自身で負わねばならない、ということです。


つまり、自由であるということは、自分の人生の意味や価値を自分で作っていくということ。そうなると、自分の人生の責任は、他の誰のせいにもできず自分自身にのしかかってきますので、自由とは自己責任を負うことでもある、ということなのです。


個人的には、人はある程度の個性や目的を抱えて生まれてくるのだと思っています。そして、もし生まれる前に決めていたとしても、それらは自由のもとに選んできた個性なのだと想像しています。


それを踏まえたとしても、サルトルの「人は常に決断・行動し続けなければならない」という点も、「自由とは自己責任を伴うもの」という点にも深く賛同します。また、「人は生まれてから、自分が何者かを自分自身で決めていく」という点においても共感します。


今日の自分の在り方は、これまでの決断と行動の結果。


そんな風に人生について考えてみると、これまで自由の重さと闘ってきた自分自身に、「頑張ってるねぇ」と、温かい一声をかけてあげたくなりませんか?



意味づけのコツ


人生の中に、意味を発見する。

これは、心のQOLを上げる豊かな営みです。過去の出来事を振り返り、なぜあんなことが起きたのだろうと思いを巡らせたり、あの出来事は今の自分にどう繋がっているのだろうと考えていくと、当時は分からなかった深い意味を発見することができます。


そして、この意味づけには、いくつかのちょっとしたコツがあるのでご紹介します。


コツ1:「意味は時間差でやってくる」


起きていることの意味は、その最中や直後には、まだ分からないことが多いものです。だからこそ、何事にもすぐに意味を見出そうとすると、かえってちぐはぐな意味づけをしてしまうことがあります。何かが起きているときには、「この出来事が起きている意味は、いつか後になって分かる時が来るのだろう」と、少し余白を残して受けとめてみる。そして、ある程度の時間が経ったときに、あらためて過去の出来事を振り返ってみます。「あの出来事には、どんな意味があったのだろう?」そうして時間を置いて出来事を振り返ると、その出来事が持っていた意味が、こちらから無理に探し出そうとしなくても、自然と立ち上がってきます。



コツ2:「意味にはレイヤーがある」


意味は大抵の場合、一つだけではありません。のちに振り返るたびに、新たな意味が立ち上がり、過去の出来事の意味を深めていきます。人の一生はさまざまな時間軸によって成り立つ、複雑な構造をしています。ですから、意味自体もまるで重ね着をしているような立体感があるのです。振り返る度に自分の人生を再発見していくことができます。



コツ3:「発見した意味は、誰のものでもなく自分だけの真実である」


自分の人生だからこそ分かる、出来事の価値と意味。それは他人の基準と合っている必要はありませんし、正しい答えがあるわけでもありません。人はつい、正しいかどうかを答え合わせしたくなるものですが、こういった個人的な価値に関して正しさを問うのは不条理です。発見した意味は、自分にだけ分かる真実。それはある意味、自分の人生の地図のような、秘術のようなものです。



いかがでしょうか。

これまでの人生を振り返り、その意味を紡ぎ直していくとき、私たちは自分が歩んできた人生の軌跡を、あらためて辿り直します。そこには、過去の出来事を新たなまなざしで見つめ直し、懸命に生きてきた自分に、温かな言葉をかけてあげることも含まれています。


そして、過去の出来事に新たな意味が見出されていくとき、私たちは現在にもまた、これまでとは異なるまなざしを向けられるようになります。「今、起きているこの出来事にも、いつか何らかの意味が見えてくるのだ」と、まだ意味の分からない現在を、そのまま受け入れていくことがができます。


人生の意味は、あらかじめ与えられているものではなく、時間の中で経験を振り返り、その経験との関係を結び直していく中から、少しずつ立ち上がってくるものなのかもしれません。そうして私たちは、過去だけでなく、いまだ意味を知らない現在をも含めて、自分の人生そのものを肯定的に受け止められるようになっていくのだと感じています。











 
 

 

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