
変化は人生に欠かせない体験です。
進学、就職、結婚、離婚、転職、所属する組織内の変化、引っ越し、死別など、生きていれば誰もが経験する可能性のあるこのような変化は、私たちの心理に大きな影響を与えます。
人間は一般的に、生存に関わる「安全」を強く求める傾向があるので、変化の訪れには敏感に反応します。変化によって自分がそれまで所属していたシステムを失ってしまうことや、自分が確保していた安全な立ち位置が揺らぐことへの懸念が生じるからです。
ここで明確にしておきたいのは、「変化(Change)」と「過渡期(Transition)」の違いです。変化とは状況が変わってしまうこと、つまり外側で起きる出来事のことを意味しますが、過渡期は、その変化に伴って私たちが体験する心理的・内面的な状況を表します。
変化が起きら、わたしたちは過渡期(トランジション)を通して様々な心理的・内面的な体験しながら、新しい状況や環境に馴染んでいきます。過渡期は、大きく分けると下記の3つのステージに分かれています。

この表は、トランジションセオリーを提唱したWilliam Bridgeの著書「Transitions - Making sense of life’s change- 」を参考にしています。
過渡期・一つ目のステージ 「Endings(終わり)」
変化が起きるということは、新しい始まりがやってくる前に、まずは何かが終わりを告げるということです。つまり、過渡期のまず最初に体験することは、「終わり」を受け入れるということ。つまり、それまで自分が属していた環境・人間関係・場所・組織・社会的な立場から、自分が旅立つ時が来たという事実を受け入れることから、この心理的なプロセスはスタートしていきます。それまで属していた「安全なシステム」を失う不安で、悲しみや怒りを感じることもあるかもしれません。大きな状況の変化に敏速に対応できず、頭の中が一杯一杯になってしまうこともあるかもしれません。
仮に、今回の変化が導いてくれる新しい状況に希望や期待を感じていたとしても、自分の人生の中で一つのチャプター(章)が終わりを迎えたことは確かです。何かが終わるということは、何かを失うということ。そのことをきちんと受け止めて、自分が心理的に体験している「ことの重大さ(一見そうは見えないとしても)」を自分自身で理解しておくことが大切です。終わりに対する自分の感情的なマネージメントをしていく必要があります。そして、この過渡期に体験する感情的な出来事を、焦らずに対応していくことで、変化がトラウマにならことなく、癒しのプロセスを進めていくことができます。
過渡期・二つ目のステージ「ニュートラルゾーン」
このステージは過渡期の中で最も重要な段階であり、最も長い期間に渡り体験するステージです。でもその一方で、一般的には軽視してしまう傾向があるステージでもあります。なぜなら、外側からは分かりにくい、最も内面的な体験だからです。
外から見れば、変化に伴って起きた環境的な変化は過去の出来事になりつつあります。でもだからといって、本人が完全に新しい状況や環境も定着しているわけではありません。心理的には、古くなってしまった以前のバージョンの自分と、いずれ出来上がってくる新しいバージョンとの間の、中途半端で最も居心地の良くない時期です。
外側の状況は一変してしまった後なので、外見的には「変化」はすでに起きて完了してしまったように見えるのですが、内面的にはその変化についていけず、実は最も混乱を感じやすい時期です。心理的なストレスやプレッシャーから、体調を崩しやすいのもこの時期。平気だと思っていたのに倒れてしまったり、急に体に症状が現れたりすることもあり、本人は驚くこともあるかもしれません。早く変化に慣れたいのに、内面的にはなかなかそうもいかない。焦りを感じたり、迷子になったり、さまざまな心理的チャレンジがやってきます。
この時期にできることやおすすめなことは、まずは「サレンダー(降伏)」すること。今までのやり方で状況をコントロールしようとしても、うまく働きません。なぜなら今までと違うところへ「シフト」するために起きた変化なのだから、今までのやり方ではうまくいくわけがないのです。この時期を上手に過ごすコツは、できるだけコントロールするのをやめて、あらゆることに対して受け入れ態勢になることです。そして、できる限りの「一人の時間」を作って自分軸を大事にしたり、気持ちの軌道修正やストレス発散する機会を作ることが重要になっていきます。
また、このステージは最も孤独で寂しい時期でもあります。変化に伴うストレスや不安は、自分にしか分からない個人的な体験です。身近な人にちゃんと理解してもらえなかったりすると、辛さが増してしまうかもしれません。その結果、人間関係や色々なことに亀裂が生まれたり、やがては大きなトラウマになってしまうことだってあります。
このニュートラルゾーンという時期は、変化を体験した人にとって最もセンシティブな時期なのです。自分がそういう体験の中にあることを理解しているだけでも、きっと何かの救いになります。自分に親切に、自分に優しく接してあげましょう。
そして、この時期は「これから」について真剣に考えるのに最適な時期でもあります。自分が本当に求めていることを考えるきっかけもやってきます。近い未来に、必ず新しい環境にすっかり慣れてしまった自分が振り返った時、このニュートラルゾーンこそが、今の自分を作ってくれた、自分をいい方向に導いてくれた時期だった、と感じる人も多いようです。
過渡期・最後のステージ「New Beginning (新しいことのはじまり)」
変化を体験するとき、私たちが一般的に想像するのはまずは「新しいことのはじまり」かもしれません。でも、心理的なプロセスにおいては「はじまり」は一番最後にやってきます。終わりを受け入れ、どっちともつかない微妙は時期(ニュートラルゾーン)があり、そしてやっと新しいはじまりがやってくるのです。
このステージでは、新しい考え方が自分の中に浸透しはじめる時期です。まだ100%新しい環境や状況に慣れたわけではないけれど、過去を過去として手放し、新しい環境・状況の中で足場が整ってきた、と思えるような感覚です。ニュートラルゾーンを経て、自分はいろんなことを手放して、新しいことを受け入れて、脱皮をすすめてきました。やっとこれから、新しい環境・状況の中で本来の自分らしさを発揮して、同時に新しい考え方や視点で世界を広げていけるときなのです。このステージはゴールではなく、新しいはじまりです。このステージにたどり着いたら、変化における「過渡期」はほぼ終了を迎えていると言えるのですが、新しい環境や状況は、「今ようやく始まった」ように感じることでしょう。
変化の時期を迎えている方、または過渡期を体験中という方の何かの参考になれば幸いです。焦らずに、マイペースに進んでいきましょう。