空想は魂の言語
- 2月9日
- 読了時間: 4分
更新日:4月3日

突然ですが、あなたは、空想の世界に浸ることがありますか?
ぼーっと過ごす時間が、好きですか?
最近、心理学者ジェイムズ・ヒルマンの文献を読むことが多いです。ユング派の中では特に知られた方で、ユングの思想をさらに発展させてきた著名な心理学者の一人です。
彼の思想を読んでいると、空想にどんな意味があるのかを再定義したくなります。なぜなら、ヒルマンは、空想を「魂の言語」だと解釈しているから。
一般的に、空想という言葉は、現実という言葉との対比として使われることが多いです。空想は現実から目をそらすもの、あるいは現実逃避の一形態として語られることもあります。
でもヒルマンは、空想を現実と対立するものとして捉える、その考え方そのものに疑問を投げかけました。
ヒルマンによれば、人はもともと、現実を「ありのまま」に経験しているわけではありません。なぜなら、私たちが生きている現実は、つねに無意識のイメージを通して経験される現実だからです。
同じ出来事を体験しても、人によって意味づけや受け取り方が異なるのは、それぞれが独自のイメージのレンズを通して世界を見ているから。つまり、人は見たもの・起きた出来事を、そのまま受け取っているように感じていても、実際には、無意識的にイメージ化された世界を生きているということです。
さらにヒルマンは、空想やファンタジーは、現実から切り離された副次的なものではなく、むしろ、空想・ファンタジーこそが意識の基盤であると捉えていました。イメージは単なる心の中の絵ではなく、私たちが世界を体験するための「生の素材」なのだと。
たとえば、人の空想にはその人の生き方の地図にようなものが含まれていることが多くあります。その人がどんなことに惹かれ、何に興味を持ち、どんな風に人生を展開したい願望があるのか。個人の空想にはそういったことが練り込まれ、ちらばめられているそうです。ヒルマンはそれを、魂からの呼びかけ、と言っています。
Daydreamingのような、なんとなくぼーっとしている時に浮かんでくるイメージや、シャワーの時、歩いている時、ふとした瞬間などにやってくる空想には、エゴが関与していないことが多いものです。魂は、エゴが油断している時に現れやすいもの。ですから、一見すると意味がないと思われがちなこういった瞬間に浮かんでくるイメージや空想には、エゴを超えた魂の声が含まれていることが多いのかもしれません。
ヒルマンの心理学(Archetypal Psychology)では、こういったイメージや空想がそっくりそのまま現実になることに意識を注ぐよりも、その奥に潜む魂の声を観察することを推奨しています。浮かんできたことを、ただシンプルに寄り添ってみること。それがヒルマン曰く魂との対話なのだそうです。
つまり、空想は魂と対話するためのもの。ときには、日々の生活の中でないがしろにしがちな自分の内側にある大切な何かを、そっと取り戻す手掛かりになることもあります。
空想とは、実はとても大切な心と魂の営みなのです。
また、ヒルマン心理学は人間の複雑さに寄り添うことの大切さを教えてくれます。
何でもすぐに分析して因果関係を知りたがる私たちですが、人間はシンプルな論理で割り切れるようにはできていないことを、潜在意識からやってくるイメージや空想は教えてくれているのではないでしょうか。
心のケアに携わるお仕事をしていると、セラピーのゴールはネガティブな思いや症状を解決することだと捉えてしまいます。でも、ヒルマンやユングの思想はそういったネガティブな思いや症状を「魂のプロセス」と捉えて、単に悪いものだと決め付けません。人生のさまざまな体験を”Soul Making(魂を作る)"という言葉で表現することで、人生のさまざまな体験を魂の視点から捉えることを推奨しています。
ぼーっとしている時、空想に耽っている時。
気がつくとあっという間に時間が過ぎていて、「時間を無駄にした!」と考えてしまうクセがある方。
実はあなたの過ごしているそんな時間は、意識と無意識を繋ぐ大切な時間であり、魂が私たちに栄養を与えてくる、時空を超えた貴重な儀式なのかもしれません。
そして時には折れてしまう心も、それが人生体験の中での魂の営みの一つであると理解してみるのも、深くて新しい視点ではと思います。



