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春、ある隣人との出会い

  • 41 分前
  • 読了時間: 8分

寒さと暖かさがいったり来たりするこの時期、現在住んでいるオーガニック建築のコミュニティRush Creek Villageも、新緑が生き生きとする美しい季節に入りました。


冬の間はしんとして寒々しい様子だった森も、今ではさまざまな鳥の声が響き渡り、小動物たちが活動する姿が見られます。この季節ならではの草花がキラキラと輝く小道を歩きながら大きく深呼吸。小さな自然の中で暮らしている喜びを、まっすぐな気持ちで感じられる心地いい季節です。


暖かくなってくるとご近所さん同士の交流もより活発になります。しばらく顔を合わせていなかった人々と散歩の途中で偶然会う機会が増えたりして、おしゃべりに花が咲きます。


地域にもよりますので、絶対にこうだと断言はできませんが、基本的に個人主義文化のアメリカでは共同体での縛りは少なく、ご近所の中で「皆が参加しなければならない」といったような活動は滅多にありません。共同スペースなどの掃除は業者に任せることが多く、プライバシーを尊重しながら適度な距離で付き合うのが一般的です。


でも実際には、アメリカの住宅街ではご近所付き合いが比較的重要だと感じています。私自身、これまで幾つかの異なる都市で一軒家やアパートメントなどさまざまな場所に住んできましたが、その過程で意外にもご近所付き合い大事なのだと知ったのです。


たとえば、ご近所さん同士で行き来し合って交流を深めたり助け合ったり、その中で自然と友人関係が芽生えて、ときには週末やバケーションを一緒に過ごすような関係になることもありました。自分が住む場所を慎重に選ぶとき、そこには「響き合う」感覚があるかと思います。そんな風にして家や土地と自分が響き合っているとしたら、同じ場所を住居として選んでいるご近所さんたちとも何らかの形で響き合っている可能性があるというのは、現象的に考えられることだと思います。


そんなわけで、現在住んでいるRush Creek Villageでも、ご近所付き合いは比較的大事にされています。コミュニティに存在する全51件の家々全部が互いに知り合いなわけではありませんが、隣近所の方々とは親しくなり、一緒に食事をしたり出かけたりすることもあります。



チャック氏との出会い


アメリカでは、引っ越してきた人がご近所に挨拶回りをするよりも、すでに住んでいる住人が越してきた人に「ようこそ!」と声かけに行くのが一般的です。


4年前に私たちがここにやってきた時にも、最初の数週間のうちにご近所さんたちがかわるがわるやって来て、「ようこそ!どこから来たの?」と、声をかけていただきました。その中で、よく熟れたピーチを袋いっぱいに抱えてやって来てくださったのが、お隣に住んでいるチャック氏です。


チャック氏は当時、80代半ばの男性。柔らかい笑顔でとても滑舌良く話されるのが印象的なジェントルマンでした。ここに住んで60年という長老で、いろんなことをご存知そうな雰囲気です。2年前に長年連れ添った奥様を亡くされたそうで、「妻はとても素敵な人でした。あなた方にも会ったら彼女のこと好きになったと思いますよ。」と話されて、ご自身の自己紹介よりも奥様についての思い出話をされ、寂しそうなご様子でした。


いただいた桃は、桃の産地であるジョージア州の農家から取り寄せたそうで、とっても甘くてジューシー。まるでチャック氏のこだわりを反映しているような、心のこもった手土産でした。初めて会った日はごく短い会話だったのですが、この方は何か不思議な魅力がある。そう感じたことを覚えています。


その後、別のご近所さんたちからチャック氏についてたくさんのお話を聞きました。長年に渡り地元で愛される有名なニュースキャスターだったこと、黒人として初めてオハイオ州でTV局員になった人であること、そしてなんと、エミー賞を3回も獲ったこと、などなど。


聞けば聞くほど興味深い功績が出てくるチャック氏。ご本人からいろんなお話が聞きたくて、我が家にもご招待しました。チャック氏の語りは、まるで小説のように、歴史的な出来事の中に個人的な体験が織り込められ、聞き手を魅了します。そんなさまざまな人生経験の中で、何よりも印象的だったのは、60年以上連れ添った白人の奥様のことでした。


今から60年前のアメリカでは、混血結婚は16の州で違法とされるほど、厳しく扱われていたそうです。とくに黒人&白人カップルに対する風当たりは強く、迫害を受けるなどの困難は珍しくなかったようです。


さらには、チャックさんと奥様が恋に落ちた時、チャックさんとは前妻との間に一人の息子さんがいました。真剣は100%チャック氏に合ったようで、シングルファーザーで黒人であるチャックさんとの結婚を、奥様のご両親は大反対したそうです。でも奥様は、チャックさんのお子さんをご自身の息子のように可愛がり、息子さんも懐かれたそうです。


熱心に懇願する二人に奥様の両親が下した決断は、二人を半年間引き離すことでした。別の州に住む親戚の家に引っ越しさせられ、離れて半年後もまだ一緒にいたいと思ったのなら結婚を許す、という条件付きの許可が降りたそうです。現在のように簡単に行き来ができる距離ではなく、当時はきっと外国並みに遠い場所に引き離された二人はその試練を乗り越えて愛を確かめ合い、結婚に至りました。


ですが困難はさらに続きます。当時は混血結婚の二人を結婚させてくれる教会も、住まわせてくれる家もなかなか見つからなかったそうです。今では想像できませんが、白人至上主義が普通だった当時は、有色人種の人々はさまざまな困難を経験してきました。黒人の選挙権が認められたのは1965年。日系人においても1952年まで正式には認められていませんでした。人種を跨いだ平等意識を持つことが一般的になったのは、そう遠くない昔のことなのです。


そんな中、1954年にこのオーガニック建築のコミュニティーRush Creek Villageが立ち上がります。人種に関係なく家の購入を認めるイデオロジーを持つコミュニティーだと同僚から聞いたチャックさんは、絶妙なタイミングで現在の家に「出会った」のでした。


Rush Creek Villageは、フランクロイドライトの建築思想に共感した地元の建築家によって創設されました。創設者はフランクロイドライトの元で修行した建築家と共に、約50棟の住宅コミュニティを設計・建築して、入居に際して人種や宗教による制限(差別的な条項)を一切設けないことを原則としました。これは当時としては非常に進歩的な姿勢です。「ここで唯一実践している差別は建築上のものだけだ」という創始者のモットーをもとに、当時は家の購入ができなかった有色人種(黒人やアジア人など)の人々を快く受け入れました。


チャック氏によると、当初は「変人たちの住む住宅地」というあだ名がついていたそうです。それもそのはず、オーガニック建築とは、土地の景観を尊重した形で家を設計する、自然、人、建物、環境が調和して一体となることを目指す建築です。家のデザインがユニークで特徴的なので、一般的な人は「変わっている」という印象を受けます。そんな変わった住宅をあえて選んだ当時の人々はヒッピー的な自然主義思想に共感した人であり、当時の保守的な価値観からすると、「変人たち」というあだ名がついてもおかしくなかったのですよと、チャック氏は笑いながら懐かしそうに話してくださいました。


テレビ局のニュースキャスターとして活躍しながら、ミュージックやアートを探求していたチャック氏にとって、ここは自分をありのままに受け入れてくれる場所だったそうです。また、小さな森の中にある彼の邸宅は、還るたび日常のストレスを忘れてリラックスできる特別な空間だったようです。実際には、街からそう遠くないところに存在しているのですが、土地の傾斜や自然との調和を重視して設計されているため、まるで深い森の中にいるような感覚にさせられるのです。「60年経った今でも、ここに住める幸せを毎日のように感じていますよ。世界中を旅しても、我が家が一番ですね。」と、静かにおっしゃっていたのが印象的です。


そんなチャック氏でしたが、去年の秋にこの世を去られました。お亡くなりになる数ヶ月前には、百人以上の人々を招いた90歳のお誕生会で盛大にお祝いして、息子さん三人とそのご家族を筆頭に楽しい時間が設けられました。今思うと、あのお誕生日会はまるでチャックさんが生きているうちに開かれたお別れの会だったのではという気がします。アメリカ国内外からいらしたさまざま人々がそれぞれにチャック氏との思い出を語り、ミュージシャン仲間の演奏で歌って踊った素敵なパーティーでした。


私たちはというと、チャック氏の人生の最期にほんの少しだけ関わっただけの立場ではありますが、それでも彼の人生の集大成を垣間見れたことに深い感謝の気持ちです。


黒人として、白人社会の中で差別や困難を体験しながら実直に働き、最終的にはTV局の幹部となられたこと。仕事も趣味も、一切手抜きがなかったこと。そして何よりも、最愛の奥様と愛に溢れる家庭を築かれたこと。


人の人生にはいろんな物語がありますが、チャック氏の物語に想いを巡らせるとき、「自分は、与えられた人生を一生懸命に生きれているかな?」と、ふと問いたくなります。


春になり、いつもこの季節は散歩の途中で立ち寄っておしゃべりしてくださったチャック氏の姿が頭によぎり、とても寂しく感じると同時に、出会いに対する感謝の気持ちを感じている今日この頃です。




 
 

 

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