自己否定には『深さ』がある。あなたは今、どのレベルにいますか?
- 4 分前
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自分自身を責める思考の癖。
たとえば、「自分はこんなにもできていない」と思うことはありますか?
あるいは、「頑張っているのにどこか満たされない」「何かが違う気がする」という感覚が、拭えないことは?
世間の基準と自分の状況を比較したり、または誰かと比較して不安になったり。
なぜ自分はこんなにもできていないのだろう、と悩み、自分を責めてしまうことがありますか?
私自身も経験のあるこの感覚。
長年にわたって心のケアのワークをしつつ、研究や学びを続けている中で、自分自身を責める思考には「地図」のようなものがあり、”なぜそうしたことが起きるのかの大枠での流れ”があるような気がしています。
今回は、そう言った流れを「深さ」と呼び、深さ別に分析してみたいと思います。
深さレベルA
自分に自信が持てないことに気づく。それに対してなんとかしなければと考える。
自己否定は、自分を切磋琢磨したい衝動。自分を高めるために、世間や他人と比較することで、自分をより高く磨き上げるために起きているのだと感じている。
または時折、諦めの気持ちになる。
この行ったり来たりを繰り返す。
深さレベルB
自信が持てないこと以上に、自分自身に、本質的に何か満たされない思いがあることに気づく。それは表面的なことではなくて、深い部分で感じている何かだと気づく。
深さレベルC
これまでの比較対象自体が間違っているのでは?と疑問を投げかける。その問いは自然と、外ではなく自分の内側へと向かいはじめる。
深さレベルD
自分が本来するべきこと、自然に情熱を持ってできることがあるのではと感じはじめる。まだ答えは見えないけれど、はじめて「外ではなく自分の中を掘る」という方向に、体が動き出す。
深さレベルE
表面上の価値基準が気になりながらも、自分の本来の資質を磨いていく決心をする。この段階で初めて、「自分だけが持つもの」=「自分のアート」の輪郭が、ぼんやりと見えはじめる。表面上の価値観と、新しく芽生えた自分の価値観の間を行ったり来たりしながらも、その輪郭は少しずつ鮮明になっていく。
深さレベルF
その行ったり来たりを繰り返す中で、少しずつ自分の価値観の重心が定まってくる。気づけば、自分に関係のない価値基準についてほとんど気にならなくなっている。「自分のアート」を磨くことで、人生の時間を使っていく日常になる。
深さレベルG
自分の価値基準のフィールドの中で、誰かから何かを吸収したり与えたりするようになる。自己否定の声が全くなくなるわけではないけれど、以前のように違う土俵にいるような違和感はもう感じない。
深さレベルH
昔感じていた自己否定や自分への自信のなさは、本来の自分の深い部分からの呼びかけだったのではと気づく。「そこはあなたの場所じゃない」「本来の自分に戻る方向へ向かいなさい」という呼びかけがだったのではと分かる。
以上、深さレベルを8段階で表してみました。
深さレベルAでは、まだ自分が本来取り組むべきこと、つまり魂レベルでの資質が生かせる場所に辿り着いていないので、自己否定の気持ちが強くなりやすいものです。
でもそれはただの辛さではなく、まだ自分の本来の場所に辿り着いていないからこそ、その違和感は大きいのです。でもその辛さは、暗闇ではなく、方向を示す羅針盤のようなものです。「自分の行くべき道を思い出す」ために、仕向けられています。自分に諦めを感じたり、自己否定の気持ちから逃げるようなことをせずに、そこから深みへと入っていくことが求められています。
また、深さレベルHへと辿り着いても、人生では常にいろんなことが起きていきます。なので、辛さを感じなくなるわけでは決してありません。(残念ながら・・・)
ただ、ここまでの深みへと潜ってこれた人は、辛さを感じてもそれが「何かに自分が気づくためのきっかけ」であり、本来の自分の深い部分からのシグナルであると捉えることができます。
これまで自分の深みにしっかりと潜ってきたという実績が、自分自身に揺るぎない安定感を与えてくれます。また、自分だけでなく周りにもその深さと安定感を自然に、「そこに在るだけで」供給できる人になっています。
いかがでしょうか。あなたは今、どのレベルにいると感じましたか?
精神的な葛藤は、「深いところにある本来の自分から、軌道修正するための呼びかけ」だと捉えてみると、深みへと潜っていく過程も、暗く辛いものではなく、より成熟していくためのプロセスだと捉えることができるのでは。
もし今、何かでモヤモヤする気持ちや、自己否定の思考パターンに気がついたら、自分の深さレベルがどれくらいか、考えてみてください。
